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東北地方太平洋沖地震を経験して・その2 [東北地方太平洋沖地震]

 東北地方太平洋沖地震の発生から約2時間後,茨城県笠間市の自宅に帰り着いた【みなと】は,母の無事を確認して一安心。その後間もなくHも帰宅し,家族全員そろいました。
 以下は母から聞いた,地震が起きた時の自宅の様子です。

 2011年3月11日(金),1階の居間で韓国ドラマを見ていた午後2時46分,ぐぉぉぉ~ と尋常でない地鳴りを聞いた母は急いでテレビ,コタツや電灯のスイッチを消し,立ち上がって様子を見ることに。
 その後も強い震動が断続的に発生し,一向に止まないので,部屋のドアを閉めて玄関から逃げました(ドアを閉じたのは,強い揺れで建物がゆがんだ場合,後で開閉ができなるなることを恐れたからだそうですが,この判断は正しかったようです。開け放しておいたドアは閉まらなくなりました)

 そしてついに,ものすごい横揺れが。出入口の門に必死にしがみついていた母は,家全体が左右に大きく波打つのを見て 「もうだめだー」 と覚悟を決めたとのこと。サッシが外れてガラスが割れるのも,塀がガラガラと崩れるのも,眺めているだけでどうすることもできませんでした。
 2分ほどで最大の揺れが収まり,家そのものは壊れずにすみました。母は急いで裏手に回りました。プレハブの物置小屋は無事な様子。
 家の裏口を開けたところ,家の中が散乱していました。大きな食器棚や仏壇は奇跡的に倒れませんでしたが,本棚や軽い食器棚はひっくり返っていて,足の踏み場もない状態。
 その後も強い余震が頻発していたので,母はすぐに「今日はプレハブで寝る!」と決心。震動を怖がりながらも中の片づけを始めました。

 母はもしもの場合に備え,日頃からペットボトルの水,インスタント食品,トイレットペーパー,電池などを適宜購入し,この小屋に保管していましたが,これが本当に役立つ日がこようとは夢にも思わなかったそう。またHも釣りが趣味で,遠征用に簡易コンロ,携帯ラジオや懐中電灯などを持っていて,これまた大いに助かりました

 実はこの日,母の好きなイベントが東京で開催されていたので,【みなと】はそちらに行くことを勧めましたが,母は「気乗りがしない」と言って出かけませんでした。
 これも結果としてはオーライでした。もし出かけていたら,帰宅予定は午後3時すぎ。14時46分には友部駅にいたはずなので,早い時間にはまず戻れなかったでしょうから。

 この続きはまた明日アップします。

 さて,今日の話からの教訓も2点。
[満月]強い地震が起きた時,自宅にいたら,可能であれば部屋などのドアを閉めてから逃げる。

[新月]当面必要と思われる分の水,食料,雑貨品などを備蓄しておく(もちろん,必要以上の買いだめは厳禁!)。あわせて防災グッズも,すぐ取り出せるところにおいておく。
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コメント 6

yuriko

こんにちわ^^
読んでいると地震の怖さがひしひしと伝わってきます><
お母様御無事で何よりでしたね!
もしもの場合の備えも大事ですね★
私もしてた事ありますが、もしもがそのうち遠のいて
しまってしなくなっていました(;^。^A
防犯グッズ掲載していきたいと思います。
今後も余震に気をつけて下さいね。

by yuriko (2011-03-17 16:00) 

yuriko

防災グッズの間違いです(;^。^A
by yuriko (2011-03-17 16:03) 

みうさぎ

恐かったでしょうねっ
日頃が大事ですよねっ
今買いあさるなんて 控えて 冷静に
成って欲しいですねっ 
by みうさぎ (2011-03-17 21:48) 

八犬伝

本当に大変でしたね。
さぞや、恐怖をお感じになられたでしょう。
by 八犬伝 (2011-03-17 23:27) 

masayo

読ませていただきました。リアルに感じました。お母様のご無事 本当に よかったです。
by masayo (2011-03-18 10:40) 

ぷりん

怖かったでしょうね~(>_<。)
お母さまがご無事で、ほんとに、よかったですね~☆
by ぷりん (2011-03-18 18:00) 

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